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微妙に無料であることの弊害

2009 年 8 月 9 日 コメントをどうぞ コメント

常日頃、オープンソースや、フリーウェアの恩恵を受けまくっており、感謝仕切れない日々ですが、ここにきて、2度ほど同じ体験をしたので、書いておきたい。

1つは、アルバムソフトウェアでの体験。家族の写真は、「蔵衛門」っていう、一世代前のアルバムソフトウェアで管理していました。最近、データがクラッシュし、約10年間整理したアルバムを損失するような状態となってしまいました。(最終的には、自己解決写真を失うようなことはありませんでしたが。)
クラッシュを修正するために、せっかくなので、アップデートでもしようかと調べたら、すでに個人向けの蔵衛門は存在しない状態になっていました。同様の写真整理ソフトを調べたのですが、現在では存在していないことがわかりました。Webでは、Picasaを使えばいい的な意見も多かったです。おそらく、Picasaなどの無料サービスが台頭することで、蔵衛門を駆逐してしまったためでしょう。(まあ、蔵衛門自体私も 数年間アップデートしなかったわけで、完成度は高いものがありました。ハードにくくりつけられていないソフトの場合には、絶対に経年劣化することはないので、買い換える必要もなく、そういった意味で、ある程度の完成バージョンができてしまうと、それをもっているユーザは、新たに購入することもなく、市場では売れなくなってしまうのかもしれません。)

2つめは、マインドマップのソフト。最近、Xmindってやつが無料で、それなりに使えるので、それを使ったところ、微妙に有償(MindManager)のやつよりも機能が少ない。MindManagerはまだあるのでいいのですが、結構いい値段なので、もしかしたら、蔵衛門みたいに駆逐され、更新されなくなっちゃうかもって、不安になった。

話を、アルバムソフトに戻すとする。
Picasa使ったことがある人ならわかると思いますが、あのソフトに今後も含め、写真の管理をすべて託す気にはなれないのです。文化の違いもあるのかもしれませんが、割と蔵衛門は、いままでの「フエルアルバム」のメタファーをPC上で忠実に再現していました。写真とともに、そのときの思い出を文書で残しておくというメタファーです。
Picasaじゃなくて、bolgでかけばいいのかもしれないのですが、蔵衛門のような操作感覚で、初心者(家族)に編集できるようなものが他にはないのです。おそらく、Picasaみたいに無料で微妙に使えて、微妙に使えねえが、クローズドソースの無料サービスなので、こっち(利用者)の要望も反映されることがないし、そういう強い強制力をもった意見を言える場のないものがはびこってしまうと、人間は優秀な生き物なので、微妙に使えない部分を自分で工夫して、補完して使ってしまうことになります。そのため、そのソフトの不便なところを、有償にしてまで、直そうというモチベーションが生じないのです。つまり、微妙に使えて、まあ、ガマンすればよくて、ソースが公開されていない無料のサービスがあると、それがのさばってしまうことで、ソフトやサービスがよくなっていかないのです。

じゃあその不満のある部分をよくしたサービスをスクラッチから書いて *無料*で公開すればいいじゃんと思うじゃないですか。でも、よく考えてみると、無料にされている時点で、すでに価格競争にはならないし、新たなプレーヤは、往々にして原資がないので、無料のサービスを新たに作り出すことは難しいのですよ。

なので、提案したいこと。
(1) 無料のサービスは、(2)をしないのなら、コードを公開すること。
(2) 公開するのが嫌なら、有償でサポートを利用者から受け入れるようにすること。
この2つを取り入れることで、ずいぶんよくなるような気はします。

あれ?これって、世の中もうそっちに向かって進んでいるのかな?今は、この有償サポートは企業向けになっているんだけど、これが、そのうち対個人になるのは、なんとなく明らかだし。

とここまで書いてなんかおもしろいことに気づいた。
・ソフトは、売り切りにしてはだめ。安い課金料でよいので、サービスを継続的に利用し続ける間は、料金を取ること。(じゃないと、売り切りになっていると、ある程度完成したバージョンができてしまった時点で、それ以上お金をとれない なぜなら、パッケージソフトは経年劣化で壊れないので。MicrosoftのOffice suiteとかって、この影響があったものと思われる。私まだ、Office 2000使っているし…)
・上に書いた原則をとること。(1)であれば、不満をもったユーザが、サービスを改善できるチャンスがもたらされるから。
・(2)でこれから行こうと思っているプレーヤは、当然最初は、無料サービスから開始し、大多数のユーザを確保する必要があるが、無料サービスに登録したユーザは、なかなか有償のサービスをうけようとは思わない。(私のevernoteの使い方がまさにこれ。意外と40MBのアップロードは使える量なので、有償に行こうとは思わない。けど、40MBぐらい気前よく無料で差し出さないと無料サービスに登録してくれないというジレンマがある。)
・でもケチな私でも、たとえば、evernoteであれば、windows mobile版もiPhone版のようにネットに接続しなくても、ローカルに保存できる機能を、すぐにサポートしてくれるなら、金を出してもいい。(お金を払っても、よいと思える追加サービスはある。それは、利用者個人個人の判断基準で生じるもので、価格も機能も違うであろう) ただし、ここにも1つのジレンマがある。1人の利用者がはらっていいと思う金額と、実際にそのソフトにその機能を追加するのに必要となる人件費の乖離が非常に大きいのである。さっき、例をだした機能だと、私は、高くて 2000円ぐらいしか払えない。それ以上払うなら、別に欲しいと思わないからである。(不便でも代替手段をとるだろう。)
でも、この機能 2000円では作れない。なので、なかなかこれも難しい。だから、同士を募って、みんなであわせて、企業をまかなえる金額に到達したら、サポートするというモデルもあるであろう。
ただこれだと、多数のニーズしかかなえることができないし、同士を募るっていう行為が面倒なので、利用者はそこまでしないだろう。
もう少し、ソフトウェア工学が進展して、2000円ぐらいでもペイできる人件費で、このぐらいの機能が作ることができる世界が早くやってくる必要がある。そんな世界がきたら、ソフトは、人間のアイデア(利用者の利便性)で、超高速に便利になっていき、利用者、提供者もその恩恵にあずかれるのにな~。

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